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12.15.2010

 

久々にRECOfanでレコハン

 11日の土曜日に渋谷に出て、久々にレコファンにてレコード・ハンティングしてきました。で、ここでその成果の一部をご紹介しようかと。

 今回もまた、お目当ては洋楽の中古7インチで、新入荷のところを中心に小一時間ばかし、チョー特急で漁りまくりましたが、そんなに驚くような「掘り出し物」はありませんでした。

 全部でシングルを10枚、LPを1枚、合計で6000円弱の買い物でした。では、まずはこれから。

1−太陽の渚/ アラウンド・アンド・アラウンド/アストロノウツVictor SS-1503

何故かコロラド生まれのエレキ・バンドがサーフィン・サウンドの主役になったという不思議なエピソードの持ち主、しかも、ギターが3人も。64年のシングル「太陽の彼方に」がこの日本でバカ売れして一躍人気者に。そこでジャン&ディーンのヒット曲と同じタイトルの映画「Ride The Wild Surf 」
のサントラとして、また日本では65年のベンチャーズとの合同ライブ初来日記念として発売されたました。ツイン・リバーブを使用して独特のペタペタピッチャンな生み出した彼らの、いかにも映画のテーマらしい、ホーンのアレンジも入った作品。ま、正直、メリハリがなく、ノッテケノッテケ、という訳には行きませんね。B面のチャック・ベリーでお馴染みのロックンロール・ナンバーは、かけ声がやたら元気で、そのへんいかにもアメリカの学生にウケそうなアレンジ。ただ、ぼくにはやっぱりストーンズやアニマルズのカンバーの方に軍配。780円も出したのは、ジャケのデザインのせい。

2−夢の中に君がいる / 恋はすばらしく /アダモ 東芝音楽工業 OR-1473 

60年代の日本で圧倒的な人気を誇ったヨーロッパの歌手と言えばこのアダモ(サルバトーレ・アダモ)をおいて他にないでしょう。フランス人のように思われていますが、実はイタリア生まれのベルギー人です。来日も何度もしてNHKにまで出演していました。低音のむせぶような歌声が日本人の好みにピッタリとはまったのかもしれません。越路吹雪の熱唱で知られる「愛の讃歌」はじめ、「雪が降る」、「いとしのパオラ」、「ブルージーンと皮ジャンパー」、「サントワマミー」など多数のヒットを放っています。ぼくも大ファンで、よくDJでもチェンジング・ムードの時に使ったりします。この曲は65年のヒットで、甘いムード溢れる曲調に彼の鼻にかかったフランス語ボーカルがサイコーです。

3−ショー・ミー・ザ・ウェイ/ シャイン・オン / ピーター・フランプトン A&M CM-2004

ピーター・フランプトンは元々、60年代半ばに地元イギリスでTHE HERDというバンドで活動して、その端正な品の良さそうなルックスからおおいに女性ファンにウケまくり、アイドル人気となるものの、本人はこれを嫌い、ほどなく脱退して、同じくスモール・フェイシズを辞めたばかりのスティーブ・マリオットと合流し4人組のハンブル・パイを結成する。世間の注目を集めたものの、バンドはイマイチ、おまけに所属していたレコード会社のイミディエイトが倒産するなど、散々な目に。
 バンドは新天地アメリカで活動することとなり、A&Mと契約し、次第に人気も出て、特にマリオットのソウル・フィーリング溢れるボーカルをメインとした音作りが実を結び世界的な人気バンドに成長。ところが、反面、フランプトンの影は薄くなる一方で、ついに71年、人気上昇中でいきなりの脱退。同じA&Mでソロとして活動することに。地道なツアー活動などで徐々に人気を集め、76年に発表したライブ・アルバム『FRAMPTON COMES ALIVE』で、人気は頂点に達し1000万枚以上の空前のベストセラーを記録しました。この曲は、そこからのシングル。当時流行りのボイス・モジュレイターというツールを使用した独特のギター音がアクセントになり、彼のメロディーメーカーの真価も発揮されている実にポップなナンバー。


4−ノックは夜中に / イン・ユア・アイズ /メン・アット・ワーク エピック・ソニー 07-5P-196

 いわゆるエイティーズもののひとつで、80年代初めに注目されるようになったオーストラリア産のロック、俗にいう「オージー・ロック」の人気者のひとり、それがこの1曲で世界中を虜にした5人組、メン・アット・ワーク。オリジナルのタイトルは「Who Can It Be Now」だが、やはり国内盤のこの「ノックは夜中に」の親しみやすさが日本でのヒットを後押しした。
シンプルなビートに乗ったサックスのテーマの分かりやすさは、今聴いてみても思わず踊り出したくなるくらいのノリの良さ。このシングルの解説が、当時話題を集めた文化放送の仕掛けた「ミスDJ」の千倉真理サンというのも、時代をよく表しているね。

5−ハッピー・バースデー/ア・デイズ・ウェイト /オルタード・イメージ エピック・ソニー07-5P-172

紅一点のボーカル、クレアちゃんのキュートでラブリーなイメージがバンドの成功の土台にあり、それをよく分かった上での曲作りやアレンジなど、いかにもポスト・パンク期のニューウェーブらしいイギリスのポップ・バンドの全英ナンバー1・ヒット。グラスゴー生まれの80年代初めてのヒップスター、と言っていいかも。

6−オール・バイ・マイセルフ/悲しきラスト・ナイト /エリック・カルメン 東芝EMI IER-10959

多くのポップス・ファンから愛されて来たいわゆる「不朽の名作」という感じのナンバー、それがこのエリック・カルメンの75年の全米ナンバー1ヒット。彼は、それまでラズベリーズという4人組のバンドを率いてそこそこの活躍をしており、ぼくもそのファンのひとりだった。ラズベリーズのデビュー・アルバムのジャケの中に印刷されているラズベリーの部分を指で擦ると、ほのかにラズベリーの香りがする、というユニークな仕掛けも面白かった。ニオイ付きのジャケなんてあんまり聞いたことがなかったし、何故かその後もほとんど見かけないけど。
 そのリーダーでボーカル/ソングライターの彼が75年にソロとなっていきなり出したヒットがこれ。センチメンタル・ナンバーのランキングがあれば、ぼくなら間違いなくトップ5には入れる。ピアノの伴奏に導かれて静かに始まり、その後からストリングスが入り、徐々に盛り上がっていくといういかにも彼らしい作風で、とにかく、メロディー、アレンジ、歌、歌詞の全部が素晴らしすぎる。むしろ、思うに、ここでのギターやドラムは不要なんじゃないかな。

7−ペイパーバック・ライター / レイン /ザ・ビートルズ 東芝EMI EAR-20232

66年の5月にアメリカで12枚目のシングルとしてリリースされたもの。イギリスと日本では6月発売。いろんなエピソードがあるが、基本的に一番重要と思われる点は、テーマが「愛」や「恋」ではないというところ。一説にはポール・マッカートニーの少年時代の作家志望の夢をヒントにした歌とのこと。実際、歌詞も流行小説の作家になりたいんだ、と懇願するような内容になっている。
 また、もうひとつ重要なのが、この曲が彼らにとり、最後のライブショウでの「新曲」となったということ。66年の6月末から7月にかけての日本公演からフィリピンへの極東ツアーから続いて、8月の通算4回目の全米ツアーを最後に彼らはライブを封印し、以後4人でステージに立つことは69年に彼らの会社アップル・ビルの屋上に現れるまで二度となかった。従って、ライブで演奏される「新曲」は生まれなくなったのだ。
 そして、この曲はスタジオに初めてラウド・スピーカーを入れての録音で、これにより、ベース音が格段に太く粘っこいモのになり、新たなビートルズ・サウンドが生まれることになった。「レイン」のベースを聴けば誰しも納得するはず。この国内盤は「結成15周年記念」として日本企画で出されたリイシュー盤で、だから値段も1000円いかないので、DJには嬉しい。ちなみに、ビートルズ・コーナーにあった「ハード・デイズ・ナイト」のオリジナル国内盤(赤盤)の価格は実に10000円。恐くてDJ出来ないですね。


 ということで、レコハンの一部をこうして紹介してみましたが、帰りがけにウィルソン・ピケットのベスト盤を買おうと手を伸ばしていたら、隣のおそらく同世代かと思われる紳士から「それ、疑似ステですよ」との密やかな声あり。振り向くと、あくまでレコード箱を見やりながら、「本当はモノラル録音なのを無理矢理ステレオにした盤ですね」との説明。そう、確かにぼくが手にしていたのは、偽物ではないけど、オリジナルのモノ録音の作品ではなく、ステレオが流行り出した頃にモノを無理矢理ステレオに改造した、つまり「疑似ステ」なんです。
 その紳士は、一応そのへん、注意して下さい、と声をかけてくれたんです。しきりに「ああ、余計なおせっかいですいません」と繰り返しておられましたが、とんでんもないです、そういう方がいるから、レコハンは楽しいんですから。余計なおせっかい、歓迎です。

  大貫憲章 /. KENSHO ONUKI ( KENROCKS )

 
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